2014年11月1日〜15日 |
||
11月1日 ジル〔不貞〕 サー・コンラッドはよく寝ている。昏睡といっていいほど、眠りが深い。 寝顔が少しやつれている。負傷はしていないようだ。 だが、ダメージを受けている。今回はひどい。 目を覚ますと、彼はまた愛想よく微笑む。 「そのコロン、いいね。よく眠れる」 「虫除けスプレー撒いても熟睡できるだろ。紅茶が入ってる。おれは出かけるから」 サーはおれの手をつかんで、引っ張り戻した。背中から長い腕が重く抱きしめてくる。 「おまえはききわけがよすぎる」 |
||
11月2日 ジャック〔バー・コルヴス〕 サー・コンラッドが来ました。今日はだいぶ顔色がいいようです。 「元気になりましたね」 「元気だよ」 酒を出すと、彼は少し微笑みました。 「おれがしょげていると、ジルは甘やかしてくれるんだ。アンディは好意でいっぱい。ビセンテは服をねだりにくる。あえて、わがままいって、いつまでもへこたれるなって発破をかけてくるんだ」 「――」 「いい子たちだ」 彼はため息をつきました。 「おれは悪党なのに」 わたしは言いました。 「あなたがいい子だから、彼らはいい子なんですよ」 |
||
11月3日 ヒロ〔クリスマスブルー〕 夏の間買い込んだそうめんが余ってしまった。 マキシムが飽きて喰わなくなったからだ。 ここの秋は別に寒くはないが、さすがにそうめんの気分ではない。 日本人のタクに、「そうめん要らないか」と事情を話したら、彼はぼそっと言った。 「にゅうめんにしたら?」 それはいい考え。さっそく作り方を調べた。 いろんな種類のがあるもんだ。鶏がらスープで中華風に挑戦したらなかなかいける。 食っているとマキシムがやってきて勝手に味見した。 「おれのないの?」 すぐ作ります。姫。 |
||
11月4日 カシミール〔未出〕 仲間と犬の噂をした。 すぐ売れる犬と長く残る犬はどう違うのか。 キーレンが言った。 「美醜はあんまり関係ねえな。しゃべりも。愛嬌だろうな」 クリスは言う。 「それが愛嬌も関係ないんだよな。ニコニコしてても、長くくすぶっているのはいる」 おれは聞いた。 「性格」 「性格悪くても売れる」 クリスは笑った。 「売れない子は、総じて女にモテなかったやつだな」 「カンが悪いのかな」 「自尊心が低い」 はあ。 キーレンもうなずいた。 「愛しすぎる」 |
||
11月5日 カシミール〔未出〕 おれは反論した。 「売れるやつは愛がないの?」 キーレンは言った。 「いや、売れないやつは、愛してるといいつつ、相手のことはおかまいなしなのさ。『愛しているから、もっと面倒見て、もっと呼んで、おれのことどう思う? ほかの子のこと考えないで』黙ってろ。主人はおまえの恋人じゃねえと言ってもわからない」 クリスも言った。 「結局、それは愛のない子なんだよな。要求ばかりしているから、客は面倒くさくなって逃げちまう」 おれは疑問に思った。モテモテのクリスは、そんなに愛情深い男だろうか。 |
||
11月6日 カシミール〔未出〕 クリスにしてもラインハルトにしても、モテモテの連中がそれほど愛にあふれているかというと疑問がのこる。 クリスなんて不誠実この上ない。他人の好意を当然として、浮気を繰り返す。 (でも、嫌いにならないんだよな) おれは考えた。クリスも船長も浮気性だが、嫌いになれない。 隣にいればそれなりに楽しい。気持ちがラクだ。 おれは売れ残りの犬のカウンセリングをしていてそんなことを考えていた。 犬はしょげている。 「おれはもっとクールにふるまうべきなのかな」 |
||
11月7日 カシミール〔未出〕 「クールというより、もっと軽く――」 その時、犬のみじめな目を見て、気づいた。 ああ、たしかにクリスや船長とは違う。 彼らはからだから楽しい空気を発散しているのに対し、この犬のからだは洞穴のようだ。電気がついてない。 おれからなぐさめを吸い取ろうと必死なのがわかる。客からもこうしてなぐさめを吸い取るから、つき返されてしまうんだ。 「おまえ、中庭で好きな男作ったほうがいいよ」 犬はおどろいた。 |
||
11月8日 カシミール〔未出〕 おれは言った。 「本気じゃなくていいんだよ。映画俳優でもいいよ。女でもいい。ハッピーな恋をして、客と会う時は昼寝時間ぐらいに思いなよ」 犬は難色を示した。 「……おれは、浮気するような人間は恋人には」 「おまえはいろんなものをあげようとするんだよ。サービスや快感や、笑いや忠誠を。でも、肝心のものが枯渇しているから、客は楽しくないんだ」 「なにがないんです」 「しあわせ」 「――」 ひとはしあわせに引き寄せられてくる。 |
||
11月9日 カシミール〔未出〕 今日は仔犬が一匹売れた。 ファニーフェイスだが、笑うとかわいいタイ人だ。英語はほぼ、わからない。 だが、主人は早いうちに所有権をとった。 「あんなうまそうに飯を食う子といっしょにいれたら、一生ハッピーな気がして」 やはりハッピーの力は強大だ。 あの売れない犬はぐずぐず言った。こんな境遇に、しあわせなんかあるわけない。おれは一所懸命やってるのに。なんでおれだけがこんな目に遭うんだ。等々。 だが、いつかわかるだろう。元は賢い男だから。 |
||
11月10日 船長〔未出〕 不意に、カシミールが聞いた。 「船長はなんで、おれになついてくるんだ?」 「?」 「金髪はほかにもたくさんいるだろ」 「金髪で青い目で、カシミールだからさ」 「……」 カシミールをなぜ好きか? そんなの理屈を超越している。見ると、愛がどばっとあふれちゃうんだもんね。 でも、強いていうとすればあれかな。この仔猫にはうっすら哀しみがあるんだよね。ちょっと涙のにおいがあってね。必死にあがいているところがね、男はね、抱きしめてヨシヨシしたくなっちゃうんだよね。 |
||
11月11日 劉小雲〔犬・未出〕 ぼくはひとりでいるのが、苦にはならない人間です。 ひとり無心に練功し、気を通していると、おだやかに時は過ぎていきます。 からだは壮快、飯もうまいです。CFにいって、友だちと話したり、買い物にいってつまらないものを買ったり。テレビを見たり。 それでも寝る間際には、苦しいような気分になることがあります。あいつのことを考えます。 あのガキっぽい、わがままな、働き者の、からだの弱い――。 あいつが来たら、あったかいうまいものを食わせてやりたいです。 |
||
11月12日 セイレーン〔わんごはん〕 ご主人様は基本的に怒らない男です。 少なくとも欧州の人間よりは温和。 それでも、たまに大目玉を食らう日はあります。圧力鍋に挑戦して、ポークビーンズを爆発させた時とかね。 しかし、大丈夫。こんな時は、ご主人様の好きな曲は弾くのです。小一時間もセレナーデを弾いてあげると、ご主人様は感動して、もう怒れなくなってしまうのです。 ぼくも気分がよくなり、なんで怒られたか忘れてしまうのです。音楽の力は偉大だ。 |
||
11月13日 アル〔わんわんクエスト〕 中庭でたまに恋の話になることがあります。 若いやつは主人の悪口ばかり言うものですが、たまには照れつつ本音がちらり。 「まあ、マシなやつに捕まったかなとは思ってるよ。少なくとも前の上司よりは。 前の上司は余裕がなくなるとガミガミうるせえし、愚痴や文句ばっかり言ってて、正直、小者だった。 いまの暮らしになって、愚痴聞いたことねえもん。やっぱり金持ちは金持ちになる素養があるんだね。かえってこっちが、話聞いてやりたくなるよ。コーヒーでもどうだいって」 |
||
11月14日 ルイス〔ラインハルト〕 アキラがプリントアウトした書類を眺めて、むっつり黙り込んでいます。もう二分ぐらい同じ姿勢。 「新しい仔犬?」 彼はぴらっと書面をひっくり返しました。東洋人。まだ若いクールガイ。体格は細いほうですが、陰気な鋭い眼をしています。 「日本人?」 彼はうなずきました。おれ見たぜ、とニーノが入ってきて、 「ものすごい雰囲気ある子。サムライ。どっちかっていうと、あの子に踏まれたい客がつきそうだね」 おれが扱ってもいいよ、とまでいいます。 でもアキラは自分が担当すると言いました。 |
||
11月15日 ルイス〔ラインハルト〕 新しい日本の仔犬の話は外からも聞こえてきました。 「泣きもわめきもしない」 「ひとことも口を聞かない」 「氷みたいな目」 「あれは何人か殺してんな」 「24歳か」 「元医大生だって」 「頭いいんだな」 アクトーレスもサドッ気の多い若い男にすぎませんから、そういう歯ごたえのありそうな犬には興味しんしんです。 われわれでさえ楽しみなのですから、ご主人様がたにとっては言うには及ぶ。 「楽勝パターンだな。いつ出す?」 おれが聞くとアキラは首をふりました。 「こいつはプレタポルテ扱いだ」 |
||
←2014年10月後半 目次 2014年11月後半⇒ | ||
Copyright(C) FUMI SUZUKA All Rights Reserved |